独学で技術を習得。時間をかけながら、独自の製作方法を見つけ出していく。
迫氏の気持ちは独立へと高まっていくが、歯科技工士からカーアクセサリーのデザイナーという新たな職種のため、結論を出せずに逡巡してしまう。そんな同氏の背中を押したのは妻なほみ氏の「好きなことをして幸せな日々を過ごしてほしい」という言葉だった。独立を決意した迫氏は、オリジナルジュエリーの製作にも着手する。もともと趣味でジュエリー製作はしており、それを事業のもう一つの柱とするためだ。ジュエリーは歯科技工士で培った技術や知識だけでは通用しない分野だったが、学校などには行かず全て独学で習得。「師匠がいないため、自分で考えた製作方法が正しいのか、答えを見つけるまで相当時間がかかりましたね」。しかし小さい頃からモノの構造に興味があるなど持ち前の好奇心が効果的に作用し、技術力を身につけながら根気強く続けることができたという。今ではお客様が望む商品を提供できるようになったが、未だに自身が100%満足できるものはつくれていないそうだ。「お客様には喜んでいただいています。でも、ものづくりに0から100まで携わっている人なら共感していただけると思うのですが、満足できない箇所が必ずどこか一つはあります。例えば、バランスが少しだけ気になったり。本当に些細なことですが、そういったことを感じているから“次”につながっているのだと思いますね。恐らくそれを感じなくなった時は、お客様からの依頼もなくなると思っています」。現在、製作の依頼は年々増え続けている。
お客様の思いを汲み取り、理想のデザインを仕上げていく。
当初ジュエリーに関してはオリジナル作品をつくり、ギャラリーを借りて個展などをしていた。迫氏の名前は次第に認知され購入者は増えていくが、同じオリジナルのジュエリーでも、お客様の要望を取り入れ一緒につくり上げたいと思うようになっていく。「店頭に陳列してある作品を気に入っていただけても“この角度をもう少し丸くしたい”など、皆さんこだわりがあって細かな要望が出てくるんですね。リフォームもできますが、それならお客様が欲しいデザインのものを最初からつくってしまった方が早いと思いました」。迫氏が大切にしているのは、お客様との会話の時間をたくさんとること。「婚約指輪など、たとえ理想の形があったとしても、初めてつくる方はどのような言葉で注文していいか分からないんです。その方の好きなモノなど、雑談も交えながら色々な話をし、どのようなデザインが欲しいのか、時間をかけて見つけていく作業をしています」。迫氏の穏やかな雰囲気、楽しい会話、そして理想を的確に具現化するデザイン力が気に入られ、迫氏のファンは増え続けていく。「“友人の結婚式で見たリングが気にいったので頼みに来ました!”というお二人もいました」。お客様から直接評価を受けたいという思いで独立した迫氏だが、その願いは実現し、さらに口コミでファンが広がるという理想の形も手に入れている。
クラシックカーやバイクなど、大好きな趣味を夫婦で一緒に楽しむ。
迫氏に休日の話を伺うと、冒頭でふれたように車やバイクなど趣味の話が尽きない。いわゆる男の趣味であるが、妻のなほみ氏と出かけることが多いそうだ。「妻はバイクが好きで、出会った時にはすでに日本全国をまわっていました」。そんなバイク好きのなほみ氏だったが、迫氏の影響で四輪、中でもクラシックカーにものめり込んでいく。二人の今一番の楽しみは草レースへの参戦で、タイムを縮めるというのが共通の目標だという。一般的に夫の趣味というのは妻に容認されにくいが、迫家にはそんな雰囲気はない。なほみ氏に伺うと「結婚する時に、ずっと私と遊んでいてねとお願いしました」と教えてくれた。迫氏によると、なほみ氏はイタリア人気質のところがあり、仕事は仕事として全うしながら、楽しいことをしながら生きた方がいいという考え方だという。「でも、実際に車やバイクを楽しむ生活が本当にできるのも、島根という地域の影響は大きいと思います。都内と違って時間はゆっくり流れていますし、お金がそんなにかからない土地ですしね」。ものづくりという道を歩みながら、二人で大好きな趣味をとことん楽しむ。職人の新たなライフスタイルを見た気がする。