生まれ持った前向きさで、辛い環境も明るく乗り越える。
今でこそ、全国シェア1位という揺るぎない地位を獲得しているが、実はその道のりは平坦ではなかった。同社の警察紋章を最初に採用したのは静岡県だったが、その後は積極的に自ら各都道府県に営業をしたという。「新しい素材のため、その良さを理解してもらうには時間がかかりましたね。警視庁や東京消防庁をはじめ各所に、毎月何回も粘り強く営業に行ったことを今でも覚えています」。その熱意が実り、やがて全国規模で採用。順風満帆な道のりを歩み始めたように見えたが、その後新たな壁が立ちはだかる。平成の大合併による市町村数が半減し、公共工事が削減されてしまったのだ。売上は格段に落ち暗い影を落とすが、耕一氏の気持ちは決して落ち込むことはなかった。その日その日を一日ずつ乗り越えていけば必ず風向きは変わるという、ポジティブな信念を持っていたからだ。事務を担当している妻の満子氏は「主人は楽天家だと思いますよ」と微笑むが、辛い現実に目を背けず共に歩んだ満子氏も、同様の前向きさと明るさを持った人物なのだと思う。
3人の娘たちが、それぞれ自分の意思で入社を決意する。
耕一氏と満子氏が会社存続のために、毎日を一生懸命に生き抜いて行く中、二人を喜ばせる出来事がおこる。それは3人の娘達が帰郷し入社をしたことだ。耕一氏も満子氏も、娘達に今まで一度も会社を手伝ってほしいと言ったことはなく、3人とも自分の意志で入社。言葉を交わさなくとも、子供達全員が会社を気にかけていたことが本当に嬉しかったという。現在は喜びに満ちた耕一氏だが、当初は会社に家族がたくさんいることを懸念していた。「家族がいることは、どうなんだろうと思った時期もありました。でも、家族はいいですね。特に売上が下がっている時に近くにいるということは、心強い。事務所で笑い声が聞こえる気持ち良さ、安心感をその時初めて経験しました。こんな気持ちになったのは、歳をとったせいかな」と照れながら心情を話してくれた。娘達の入社後は、次第に売上も上向きになり、やがて軌道に乗り始める。それは、彼女たちがつくる明るい雰囲気が、さらなる前向きさや挑戦意欲を生んだ結果によるものだろう。
廣部硬器の認知度をさらに広げるために、娘たち主導で新たな事業を展開。
現在同社では、「スイッチ×タイル」や「立体ぬり絵 まっしろ恐竜」などの製品づくり、他にもマルシェやクラフトイベントなどに参加しワークショップを開催するなど、積極的に新たな事業を展開している。実はこれらはすべて娘たちの発案によるもの。堅実な仕事を60年間続けてきた同社が、今後も信頼性を獲得し続けながらさらに認知度を上げるには、新しいことにチャレンジする必要があると3人とも感じていたからだ。警察の紋章とはあまりにも印象の違うものづくりだが、会社から一度も“No”と言われたことはないと娘達は口を揃える。そのことを耕一氏に伺うと「会長だった父も私も、ものづくりが大好き。自分の考えで製品を生み出す喜びは、何事にも代え難いんです。だから、娘達がつくるものに駄目という気は全くありません」と教えてくれた。これまでは、圧倒的に企業や団体からの認知度が高かった廣部硬器。娘達が手がける製品により、一般消費者のファンも拡大しそうな雰囲気だ。