バーでシェーカーを見た時に、自社の技術を活かせると思った。
既存の事業を続けながら新規事業を立ち上げる際、横山氏は改めて、自社技術の棚卸しを進めていく。そこで着目したのが金属プレスに使う金型を手作業で磨く技術だった。「実は最初からシェーカーにしようと決めていた訳ではありませんでした。弊社が培った高度な研磨技術を活かすことで付加価値が高まるもの。それは何かを探すことから始めたんです。そして大きすぎる市場では必ずフォロワーが出てきますから、大きすぎず小さすぎない市場で、私がパッションを投影できるもの。それで大好きなお酒の方向にいきました」。最初の試作品は内面を磨いた金属製の日本酒タンブラー。しかし、味の変化を際立たせることはできなかった。「ある日バーにいた時に、シェーカーに目がいったんです。シェーカーの中では、カクテルの材料が金属の内面と衝突や摩擦が繰り返されます。これなら、自社の研磨技術を活かして味わいを変えることができるのではないかと閃きました」。すぐに試作品をつくり確かな効果を実感できた横山氏は、共感してくれるバーテンダーを探しに全国を飛び回った。
偶然にも、同じ考えを持ったバーテンダーと出会う。
「バーに向かいましたが、“今シェーカーの開発をしているんですが・・・”と話し出すと最初は不審がる人もいました。当然ですよね。試作品はあってもそう簡単には触らせなかったですし。でもさまざまな意見を聞きたかったので、全国いろんなバーに足しげく通いました。最適な研磨方法を探るために試作品を何個もつくり、ギムレットだけでも200杯以上は飲みましたね(笑)」。そんな横山氏の考えに最初から興味を持ったのが、「BAR石の華」のオーナーバーテンダー 石垣忍氏だ。『実は僕も同じようなアプローチで、シェーカーの中面を変えることで、よりカクテルの味を美味しくできないかと考えていたんです』と石垣氏は教えてくれた。実は石垣氏は知り合いのメーカーにシェーカーのサンプルを依頼していて、横山氏はまさにその翌日に来店したそうだ。『同じ考えの人がいるんだ!と言う驚きと、しかもシェーカーの開発を専門でやるという頼もしさ、嬉しさでサンプルを依頼した会社にはすぐ電話をしてストップさせました』。石垣氏は、現在使用しているツールの問題点だけを伝えて、それ以外は横山氏が思い描くものづくりを尊重したと言う。石垣氏とディスカッションを重ねながら、横山氏はさらに多くのバーテンダーの声を参考にし、遂にバーディのカクテルシェーカーが完成。『カクテルの中身に対してストレスがなく、素材の風味が最高値にまで引き上げられるかという観点から磨いている。試作品の段階で試しにカクテルをつくったのですが、業界中で話題になって風穴が開くんじゃないか!と、期待で胸が高まりました』。
海外で最初に火がつき、その後日本で人気商品へと成長。
バーディに感動したのは石垣氏だけでなく、他のバーテンダーも同様。中にはその味の変化に、驚きで言葉を失った人もいたほど。それほど業界において革新を起こす商品だった。しかし、いざ販売が始まると立ち上がりは良好だったものの、その後は思ったより売れなかったと言う。「ECサイトで販売するなど、苦労した時期がありました。転機となったのは、ドイツで開催される世界最大のバー業界の展示会“BAR CONVENT BERLIN”への出展。海外のバーテンダーに実際に触れてもらうことで、バーディの良さを実感してもらいました。道具は触らないと売れない。そんな当たり前のことに、当時は気づかなかったんですね」。海外で火がつき、その後日本で人気商品に。販売数は次第に増加し、17カ国・地域で販売するほどになった。
現在「BIRDY.」を冠したブランドとして、タンブラーやデキャンタ、キッチンタオルなど、プロユースだけでなく一般家庭向けの商品も開発。ラインナップは増え続けている。商品開発に向けての考え方を伺うと「今丁度良いものは、つくらないようにしています。Web業界で常に先を見ていたので、5年後スタンダードになることを意識した商品開発を目指しています」。横山氏のこの先に、注目していきたい。