着物には、小物を入れるポケットがない。そこで印籠や巾着、煙草入れなどの提げ物を持ち歩けるようにするため、江戸時代に根付が作られるようになった。根付とは、提げ物の紐に結びつけて、帯に挟んで落ちるのを防ぐ留め具のこと。着物文化の発達にともない、一般庶民の生活の必需品として人気を博した。掌におさまる、わずか3~4センチほどの小さな彫刻だが、その精緻な作りから、やがて装飾美術品の粋にまで達し、海外には多くのコレクターが存在している。根付は江戸や京都など地域によって独自の流派があり、今回は“木の宝石”と呼ばれる朝熊山産の黄楊(つげ)を使用する伊勢根付師のもとを訪れた。
伊勢根付職人 中川忠峰様 | 2016.4.15
飽くなき探究心で根付制作に取組む、三重県の伊勢根付彫刻館を訪ねて。
向かった先は、三重県伊勢市にある「伊勢根付彫刻館」。館長を務める中川忠峰氏は、30年以上も職人として技を極めている熟練の伊勢根付師だ。もともとは大工職人であったが、体調を崩したため木彫りの道に進むことになる。木彫りの中でも仏師になるため伊勢一刀彫を学んでいる時、偶然根付と出会った。その圧倒的な美しさに魅了された同氏は、迷わず根付師への道を選ぶ。「掌におさまる程の大きさの中に、温かみ、可笑しさ、洒落などいろんなものが含まれているなんて、素敵でしょ」と柔和な顔で語る中川氏。根付は作り手の顔が作品に出ると言われるが、同氏の作品を見ると自然とほっこりしてしまうのは、そのせいなのかもしれない。