第6回 三重県伊勢市 伊勢根付職人 中川忠峰様

朝から夜まで根付のことを考え彫り続けた結果、身についたもの。

根付への道を歩み始めた中川氏はその後、国際根付彫刻会会長、伊勢の匠会会長などを務め、名実ともに第一人者となる。根付職人として大きい足跡を残している同氏だが、実は師匠はいない。全て独学だ。展覧会などで展示されている先輩方の作品を穴があくほど観察し、帰宅後記憶が鮮明なうちに彫り始める。失敗したら一から彫り直し、それを繰り返すことで身についていったそうだ。さらに驚いたことに、同氏は精密な図面は書かないという。その理由を訊ねると「感覚で分かるし、図面を書いた方が失敗しますね」とはにかむが、この域に達するまでには、相当の努力があった。朝から夜、時には朝方まで何百、何千と根付を作ることで、木に対する感覚が身に付き、図面が無くとも彫れるようになったのだ。「失敗も相当しましたよ。でも良いんです。失敗するとね、必ず成功するから」。中川氏だから言える、説得力のある言葉だ。

根付の粋を、もう一度現代に復活させるために。

根付の道を独学で歩み続けている中川氏だが、最も役に立ったのは、根付の講師を経験したことだという。「人に教えるということは、教わる人の倍以上の知識がないとできません。駆け出しの頃だったので、私の方が生徒さんより勉強しましたよ(笑)」。現在も80人ほどの生徒に教えている同氏。講師を引き受けているのは、根付の粋を改めて現代に普及させたいという強い想いがあるからだ。根付は今、コレクター商品として集める人がほとんど。しかし本来根付は日常品だ。年月を重ね、使えば使うほど深みが増し、摩耗して独特の良い色合いになっていく。腰から少しだけ根付が見え隠れする。そんな粋なお洒落を楽しむ人たちが確実に増えるまで、職人と講師の二足の草鞋を脱ぐことはなさそうだ。

伝統工芸、根付の素晴らしさを、職人の立場から広める中川氏の弟子。

工房には中川氏と同じ想いを抱き、広報の役割を自ら果たす職人がいる。梶浦明日香氏だ。前職はキャスター。番組を通して中川氏と出会い、その人柄と生き方に憧れて同氏の門を叩いた。「根付は装飾が美しい美術品でありながら、触れて使えるという珍しいもの。根付の粋、伝統工芸の素晴らしさをより多くの人に知ってもらうには、職人自らが発信した方が強いと思い行動しています」。弟子になって現在7年目。『飛騨高山現代木彫根付公募展』で優秀賞を獲得する等、着実に成長し続けているが「まだまだ」だと梶浦氏はいう。実は師匠である中川氏も「自分の作品で良いと思ったことは一度もない」と強く断言する。「次はもっと、という向上心が無いと人は駄目になる。一生勉強です」。中川氏の職人としての信条は、確実に弟子に伝承されている。