第22回 福島県 野沢民芸品製作企業組合様

明るく和気あいあいとした雰囲気の職場だから続けられる。

先述の早川美奈子氏は、代表の伊藤氏の長女。入社当時は、仕事に対し特に具体的な目標などは抱いていなかったという。「絵付け師として働き出しましたが、特に絵の勉強をしたこともありませんし、プライベートで絵を描いていたわけではありません。今思えば、何となくお父さんの会社に入ったという感じだったと思います」と、反省の念も交えながら話してくれた。張り子の絵は、絵付け師が一つひとつ手書きで描く。決して何となくという軽い気持ちではできない仕事であり、美奈子氏が手がけた張り子を見ると、これまでいい加減な気持ちで仕事をしてこなかったことが一目で分かるクオリティだ。「技術を教えてもらいながら失敗を繰り返す。実戦で鍛えられました。今まで続けてこられたのは、この職場だったからだと思いますね。和気あいあいとした雰囲気なので、明るく前向きにいくつもの壁も乗り越えられました」。確かに、職人が多い職場にしてはとても和やかで、笑顔も多く感じられる。それは代表の伊藤氏の影響だと美奈子氏は言う。「父は完成度の高いものをつくる職人ですが、いわゆる全て一人で行う匠系ではありません。自ら率先して考えて動くリーダーの役割を果たしながら、仲間と一緒につくるということをとても大切にしています。だからお互いを信頼し合いながら、みんな仲が良いんですよ」。張り子は、糊付け、泥付け、絵付けなどさまざまな工程があり、それぞれに熟練工がいる。職場の仲の良さが、工程ごとの連携にも相乗効果をもたらしているのだろう。

他業種とコラボすることで、民芸品の新たな可能性を実感。

野沢民芸の販売数は、毎年大体同じであったが、想像を超えて落ち込んだことがあった。それは東日本大震災の時だ。「風評被害などもあり観光客も激減。売り上げは10分の1になってしまいました。そんな時に、郷土玩具に新しい要素を入れて、今までとは違った民芸品をつくろうという声が増えていったんです」。声をかけてもらった美奈子氏は、郷土玩具の起き上がり小法師をアレンジした「願い玉」を制作。民芸品の新たな可能性を感じた他業種から、コラボの依頼が殺到したという。その一例が、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクの生誕150周年を受け、スカンジナビア政府観光局がオファーした「起き上がりムンク」。一度見たら忘れられない、キモかわいさが人気となり大ヒット商品なった。もちろん、美奈子氏がデザインし一つひとつ手づくりで仕上げている。その他にも、アパレルやインテリア、音楽フェス、キャラクターなど、ここでは書ききれない程のコラボが多数実現している。「新しいものをつくろうと思ったことはあります。でも民芸品だから売れないって勝手に思っていたんです。周りの支援もあって新しいモノづくりに挑戦する機会が増え、民芸品の新たな可能性を感じることができたのは、とても大きかったですね」。伝統的な民芸品と新たな民芸品の制作。その両輪で動く決心がついたそうだ。

事業を継承するために、先ずは型づくりから挑戦する。

代表の伊藤氏は、80代の高齢だ。「まだまだ自分がやる!という強い気持ちでいますが、最近は体の方が追いつかないようになっています」と美奈子氏は心配する。詳しく話を伺うと、体調が優れず職場に来ない日も増えてきているそうだ。「たとえ代表が職場にいなくても、父がやってきたことを従業員全員で実現しようと取り組んでいます。父の思いや考えが、会社には息づいているんだって思いますね」。従業員みんなが伊藤氏、そして会社を愛していることを実感した美奈子氏は、長女として事業継承を考えるようになったという。これまで張り子の型は、伊藤氏しかつくったことがない。職人は工程ごとにいるので、美奈子氏も絵付けでしか関わったことがないそうだ。「一度もつくったことがなければ、指示をされたこともありません。先ずは柔らかい粘土で型をつくり、修正しながら立体に仕上げることから始めています。型のつくり方を父に聞いたことはないのですが、これからは父の感想を聞きながら、習得していきたいと思っています」。さらに美奈子氏は、技術面以外にも継承したいことがあると付け加える。「みんな、職場が楽しいねと言って働きに来ています。そんな素敵な雰囲気をつくりあげたのも父なんですね。それは私の代も継続していきたい。この環境のおかげで、私も諦めることなく、楽しみながら仕事を身につけていきましたから」。美奈子氏の新たな挑戦が、まさにこれから始まろうとしている。