第29回 兵庫県 室井昇様

お客様が求めるものづくりと、自分がつくりたいものづくり。

会社員時代の室井氏は水を得た魚のように、アイデアを考えデザインすることに没頭した。「時代性もあったと思いますが、会社に泊まり込んでアイデアを考えることもありましたね」。同業のクリエイターからすると羨ましくなるようなメジャーな仕事を数多く手がけていた室井氏だが、やがて肉体的にも精神的にも限界を感じてしまう。「本当に疲れてしまって、デザインすることが嫌になってしまったんです」。会社員としての仕事を辞めようと決意し退社。そんな時に、親戚から今の会社を手伝ってくれないかと声をかけられたという。全く違う仕事に就くことになったが、違和感はなかったそうだ。「機械加工において治具は必須です。例えば工具干渉をしない治具が必要だと思えば、私はそれをオリジナルで考えてつくることができます」。今の仕事にクリエイティブは生きていると言う室井氏。だが生来ものづくりが好きなため、ある壁にぶつかってしまう。「仕事は、お客様が求める製品数を均一の品質で納期までに仕上げるということがミッションです。簡単にいえば100点を目指して取り組んでいますが、100点以上のものを時間なんて全く気にせず、つくりたくなったんです」

時間が許す限り、何時間でもものづくりをしていたい。

前職を辞め疲労が回復するまで少し休んでいた室井氏だが、ものづくりに対する熱量は小さい頃から相当強い。「プラモデルはかれこれ数十年つくっていますが、もう自分でつくりたいものが無くなってしまったので、車のプラモデル本体を自分で企画制作し販売までしたことがあります」。その時のコンセプトを聞くと「商品化されていない車種」と教えてくれた。室井氏にとってものづくりの醍醐味は、まだ誰も手がけていないものをつくること。現在夢中になって創作活動を行っている一刀彫の作品も、世の中に似たようなものは無いと言っても過言ではない。写真をご覧いただくと一目瞭然。木材を削り出したその作品は、極限まで写実し、本物と見まがうほど精緻につくり込まれている。工房で多くの作品を拝見したが作品と分かっていながらも、もしかしたらこれは本物?と勘違いしてしまうものもあったほどだ。創作活動の時間を伺うと、平日は朝の3時に起きて出社するまで。土日は、睡眠と食事の時間以外はすべて工房にいるという。社長業をしながら創作活動をするという二足の草鞋は疲れないかを質問すると「ものをつくっている時は、3時間が10分ぐらいにしか感じないんですよ」と、子供のような笑顔で答えてくれた。

驚きという感動を、これからも多くの人に与えていきたい。

先述したオリジナルのプラモデルは商品化が目的だったので販売したが、作品に関しては1つも手放したことが無いという。「気に入って購入したいという人もいらっしゃいましたが、売ったことはありません。作品は私の歴史でもあるので、できれば多くの人に見てもいらいたいんです。どこかの展示館で私の作品が必要というのであれば、販売するのではなく寄贈します。できるだけ多くの人に私の作品を見て欲しいんです」。木工を手がけている人の目的は、ほとんどがビジネス。だがビジネスではなく、もう一つ上の到達点があるはずだと室井氏は言う。「私の作品はアートともクラフトとも評されます。実は、その線引きはとても難しい。ただ私がものづくりでモットーにしているのは、変わらず一つです。それは、世の中に無いものをつくること」。無いものができた時、室井氏自身も感動するが、何より見た人に驚きという感動を与えることができる。それが、室井氏の尽きることがない創作活動の原動力になっている。